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写真の「チカラ」 #02 高橋宗正

約 4 分

写真は生きるための手段

僕にとって「写真」は生きる術だ。そう感じるほど、人生でずっと続けていることなのだ。その中でも大きな出来事だったのが「東日本大震災」だろう。ボランティアとして宮城県山元町に行き、被災した写真を洗浄、複写、さらにそれを検索できるようにする活動に関わった。そこで見たのは「家族の写真」だった。津波で流され汚れきった写真の中に存在する人の生活の匂い。しかし感覚的には理解できても、結婚もしていない、子どももいない僕にとっては、少し遠い光景だった。あれから僕は結婚し、さらに一児の父になった。今はその写真がいかに大事なものか、わかるのだ。
そんな僕は、今家族の写真を撮っている。それが「糸をつむぐ」シリーズだ。大切な人たちとの記憶を記録すること。それは「写真」が今までやってきたことだし、「写真」ができることだ。今撮っている写真は、10年も経てばいい思い出に変わる。そこには当時の僕が受けた影響が色濃く残るだろう。だから写真は面白いのだ。

作品撮りの意義と意味

写真を仕事にしようと思ったのは、写真専門学校に行っていたことが大きい。実はその時には写真で「ごはん」を食べようとはあまり思わなかった。いろいろなことにチャレンジしながらも挫折もした。そんなときに出会った先輩に「好きな写真を仕事にすれば?」と言われ、カメラマンを目指すことになった。そんな矢先にキヤノン写真新世紀の優秀賞をいただくことになる。
作品撮りには、積極的にフィルムカメラを使っている。その理由はフィルムが持つ「物質」としての強度に魅力を感じているからだ。そういう強い物質で撮ることで、何かを写し込めるではないかと感じているのだ。また自分自身が憧れてやまない歴代の巨匠たちに今でも憧れている。だからこそ、そこに至りたいという強い向上心があり、今もその思いが自分を成長させてくれている。今の写真にはまだまだ満足していない。それこそが次へのステップにつながるのだろう。
作品撮りと仕事の写真で大きく違うのは「構図」への考え方だ。コマーシャル・フォトはチームワークが重要。さらに写真の上にキャッチなどを置くことが多く、そのスペースも考えながら撮影しなければいけない。いざ自分の作品撮りとしての撮影を行おうとすると、写真がスカスカになってしまうことがある。作品撮りの場合には、写真集にしたり個展で飾ったりするので、写真「一枚」に要求される情報量とチカラが少し違う。写真の密度がとても重要になると考えている。そんな写真を2020年も撮り続け、自分の集大成として写真集を世に出したい。


高橋 宗正 たかはしむねまさ

1980年 東京生まれ。
2002年、キヤノン写真新世紀優秀賞を写真ユニットSABAにて受賞。
2010年、写真集「スカイフィッシュ」(赤々舎)出版。
2011年、「思い出サルベージ」副代表として津波に流された写真を洗浄、データ化し持ち主に返していく活動に参加。
2012年、「LOST&FOUND PROJECT」を立ち上げ国内外で展示。
2014年、「津波、写真、それから」(赤々舎)出版。
2015年、「石をつむ」(VERO)出版。
2016年、「Birds on the Heads / Bodies in the Dark」(VERO)出版。
主なコマーシャルに「クリエイターズファイル」「カラダWEEK」「JR DCキャンペーン」
2020年、個展「糸をつむぐ」(PGI)開催。同作品の写真集も出版予定。