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写真の「チカラ」 #28 下薗詠子

約 3 分

人としての原点をあぶり出すような写真に心奪われる

人の進化とは……。

人とは、とても醜くそして欲深き生き物。だからこそ美しいのだ。

人の「核心」に迫ると、そこには無防備な存在が転がっている。

芸術とは「人の内なるもの」が現れ、そして消えていく。それこそが本質なのではないかと芸術に触れるといつも感じる。芸術の道とはとても儚く尊いものだ。見えかけては消え、そして苦しみの中で溺れ、また見えてくる……。その繰り返しはまるで「地獄の釜」で焼かれ続けているかのような残酷さがある。苦しんで苦しんで苦しんで、その先にようやく見つけることができる真実の写真。それが下薗さんの「内なるもの」であり「写真」なのだ。

モノクロームで描かれる写真は着飾らない「真」なるものが炙り出されているようだ。飾らないからごまかせない。そこに流れる匂いも空気も光も、すべてにごまかしがない。人そのものが大きな存在となって迫りくる。「あー、人の核心が迫ってくる」それはまさに僕にとっては恐怖でもあり、リスペクトでもある。生まれたときからすでに持ち合わせている「人としての資質」が写真を踊らせている。見るものをひきつけ、その世界観に否応なし連れ去っていく……。しかし、そこには不思議と「暖かさ」や「ユーモア」がきちんと存在しているから、心地よさすら感じるのだ。

愛、憎悪、ぬくもり、決別、そしてまた愛。そんなイメージが連鎖する写真を見ると、自分の写真にもそういうものが写り込めばと思う。きれいなものばかりを見て描くのではなく、まるっとごそっと被写体のすべてを受け止めて、カメラを握ることの重要性を教えてくれる。だから下薗さんの写真には「商業臭」が全くと言っていいほどしないのだ。それは僕にとってはとても重要なことで、だれかに媚びることのない自己表現の完成体なのだ。まだまだ学ぶべきことがたくさんある写真。下薗さんは僕にとって永遠の「写真作家」だ。

文/大貝篤史


下薗詠子 しもぞの・えいこ

鹿児島県串木野市生まれ。九州ビジュアルアーツ専門学校を卒業後、独自の世界観で作家活動を始める。個展などを多数行い、積極的な写真家活動が評価され、写真集「きずな」(青幻舎)が第36回木村伊兵衛賞に選ばれる。その後も、様々な作品を創り出し、現代写真アートの第一人者として活躍中。