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改めて故郷「秋田」を撮った写真家・高橋智史さんの写真展が開催

約4分

今まで気づかなかった故郷の一面が僕を変えてくれた

常日頃からジャーナリズム精神を持って写真と向き合い続けているフォトジャーナリストの高橋智史さん。カンボジアでの活動を約18年間行ってきたが、近年は長期政権による独裁化が加速。変革を求める最大野党が解党され、異見を唱えるメディアが閉鎖に追い込まれ、人権活動家が次々に投獄される状況に直面し、歯を食い縛りながらシャッターを切り続けた。その後、政治亡命者すらも生み出す事態となった現状と、弾圧に命をかけて抗う人々の姿を、写真集を通して広く伝えるために、同国を一度離れる決意を固めた。帰国後は、カンボジアの取材と並行する形で、志を見守り続けてくれた故郷「秋田」に目を向けた。ある雑誌で地方を撮る企画に参加する機会があり、その際に選んだのが故郷である秋田だった。そのときに感じたのは、秋田をちゃんと「撮った」ことがなかったのではということだった。そう思うことで、故郷の大事さに気付き、もっとしっかりと撮ってみたいと感じるようになった。

カンボジアに住んでいるときにも現地の友人から「高橋の故郷はどんなところなんだ?」と聞かれる機会があったそうだ。自分の故郷をカンボジアの友人にももっと知ってもらいたいという思いもあった。何よりも故郷を撮影していても、カンボジアの政治弾圧と戦う人たちを撮影しているときと、何も変わらない意欲が湧いたという。

なまはげ館・真山神社に向かう途中にある「真山の万体仏」。幼くして落命した多くの子どもたちと愛弟子の供養を願い、江戸期の仏教僧が一万体以上の地蔵菩薩を彫り安置した

そんな高橋さんが秋田に帰っているときに、男鹿半島にある双六地区で「なまはげ」の行事が行われていた。いい機会だと思い、カメラを片手に取材にでかけた。そのときにファインダー越しに見た光景に、大昔から変わらない普遍的な「意味」と「意義」があると感じ、とても尊いものに感じたそうだ。

なまはげはその風貌から鬼のような怖い存在なのではないかと思っているヒトがいるだろう。実際には来訪神であり、とても尊い神様なのだ。その土地のあらゆる厄災から人々を守ってくれる……。それこそがなまはげの真の姿だ。そして、その土地でとれる「ハタハタ(鰰)」は神の魚と言われ、なまはげを招き入れるために捧げられる魚である。冬に鳴る雷「冬季雷」の訪れとともにやってくるハタハタ。古来より秋田県の特産物として扱われ、「県魚」に制定されている。ハタハタは神に捧げられ、そして人々にもその命を紡ぐ大事な食としても存在している。それこそが、大昔から変わらないこの土地の風習。それこそが「生きること」なのだろう。高橋さんはそう感じ、ハタハタ漁にも同行させてもらったそうだが、漁師たちはカンボジアで信念をもって戦っている人たちと、なにも変わらない緊張感と圧倒的な存在感がそこにはあったという。

厳しい環境下でハタハタ漁を行う漁師たち。まさに生きる魂を感じる一枚だ

高橋さんは最後にこう話す。「男鹿での取材を通し、新しい学びをたくさん得られた。カンボジアの取材でもそう感じたが、人の心の中にある『願い』を表現したい。秋田を出た18歳の時、目を向けることができなかった故郷の魅力。長く離れたからこそ、今はその尊さが心に染みる。故郷の地で受け継がれてきた人間の営みを、多くの方に伝えたいんです」そう話してくれた。そんな高橋さんが撮り下ろした今回の写真展の写真はきっと見応えがあるだろう。ぜひ、足を運んでみてほしい。そこにはきっと「生きること」が写し出されているはずだ。

文/大貝篤史

■高橋 智史 写真展 「男鹿-受け継がれしものたちー」
2022年10月27日(木)〜11月7日(月)
10〜18時 *最終日は15時まで
休館日は11月1日、2日の2日間入場無料

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