
3月1日に閉幕したCP+2026で印象的だったのは、カメラ・レンズメーカー各社の新製品だけではない。メイン会場に隣接するアネックスホールで開催されたトークステージも然り。肖像権、AI、編集、仕事論……「学びのプログラム」から見えたCP+の変化について記していきたい。
CP+2026とは何だったのか
3月1日に閉幕したCP+2026。4日間で800超のプログラムが実施された。量だけ見れば、過去最大級のスケールだ。
CP+(シーピープラス)は、一般社団法人カメラ映像機器工業会(CIPA)が主催する「カメラと写真映像のワールドプレミアショー」。本来は新製品のお披露目の場であり、機材の進化を体感する祭典である。
しかし、今年の印象は少し違った。
主催者企画のトークステージ中心に、思想性の強いテーマが目立ったからだ。肖像権、AI、写真教育、編集、仕事論。単なる機材談義ではない。「なぜ撮るのか」を問う議論が増えている。
これは偶然だろうか。
今回は筆者が実際に参加したトークステージの中から、写真愛好家にとって学びになるプログラムを厳選した。ただ、全てのステージを見たわけではない(時間的にも厳しい)。ここで紹介していないトークステージでも、学びになるものは多いはずだ。
まだ見ていない人は、ぜひCP+2026公式サイト「コンテンツ一覧・検索」から、アーカイブ映像を視聴してほしい。
社会|肖像権問題という現実
| 講演タイトル | 人と鉄道 ー顔が写ってちゃダメですか?ー(イカロス出版) |
| 講演日時 | 3月1日(日)12:50-13:30 |
| 登壇者 | 川井 聡(写真家)、峯 唯夫(弁理士・知的財産コンサルタント)、上野 弘介(『旅と鉄道』編集長) |
テーマは鉄道というより肖像権問題である。
筆者もアサヒカメラ編集長時代、何度となく特集を組んだテーマだ。だが、顔が写っているというだけで権利侵害だと過剰反応され、スナップ撮影が萎縮している現実は当時と変わっていないようだ。
弁理士・知的財産コンサルタントの峯唯夫さんは、デジタルアーカイブ学会法制度部会が公開する「肖像権ガイドライン」を紹介。撮影場所や被写体状況を点数化して公開可否を検討する方法を、写真家・川井聡さんの作品をもとに解説した。
ちなみに、筆者はデジタルアーカイブ学会法制度部会の一員だが、CP+の場で肖像権ガイドラインが大々的に紹介されたという記憶はない。
写真は表現であると同時に、社会的行為でもある。外で撮る以上、他者との関係は避けられない。大切なのは撮る自由と、守るべき権利。その緊張関係をどう引き受けるか、だ。
CP+2026という機材見本市の場で、この議論が立ち見になるという事実自体が示唆的だ。
写真がもはや「趣味」だけでは済まないことを示している。

無断で撮影された写真に人物が写っていた場合、肖像権侵害になり得るのかどうかを、肖像権ガイドラインをもとに考えるという実践的プログラム。実際に使われたのは、写真家の川井聡さんが撮影した写真で、いずれも許諾済みだ(2026年3月1日撮影)
技術|AIは敵か、鏡か
| 講演タイトル | AIは『過去』を生成し、カメラは『未来』を記録する。(主催者企画) |
| 講演日時 | 2月28日(土)18:00-18:40 |
| 登壇者 | 西田 航(写真家/フォトプロデューサー/YouTuber) |
最近何かと話題の、AIについてのトークステージである。
まず、「AIは過去を生成し、カメラは未来を記録する。」というタイトル自体に、写真とAIの共存のヒントが込められている。
生成AIは膨大なデータから最適解を導き出す。だが、撮影現場で起きる偶然や身体性は再現できない。重要なのは、AIが写真を奪うかどうかではない。AIの登場によって、写真の定義が揺らいでいることだ。
西田さんは、撮影機材の革新的な進化のたびに、写真家としてどう向き合ってきたかを熱く語った。「AIにできること」「自分にしかできないこと」を確実に言語化。そしてAIと向き合いながら、どうこの困難を克服していくかという青写真を持っている。
筆者もコンテンツ制作でAIを日常的に使う。効率は飛躍的に上がる。しかし、取材現場の身体感覚までは代替できない。
AIは敵ではない。むしろ、写真の本質を照らす鏡だ。
ただ、この鏡は常に「あなたは何を撮りたいのか」という問いを突きつけてくる。特に写真撮影を生業とする人は、漫然とシャッターを切ってはいられない。そんなことが、このトークステージで再確認できるだろう。

開始前でこの混雑ぶり。西田航さんの人気もさることながら、AIへの関心の高まりを感じずにはいられない(2026年2月28日撮影)
制度|写真に”学び”は必要か
| 講演タイトル | 写真に“学び”は必要なのか(主催者企画) |
| 講演日時 | 2月28日(土)16:50-18:40 |
| 登壇者 | 都築 響一(編集者/写真家) |
都築響一さんは言う。「写真を“学ぶ”必要なんてない」と。
機材は進化し、誰でも高画質で撮れる時代。写真は視覚の楽器になった。CP+は本来、スペックと性能を競う場だ。その場で「まず撮れ」と語られる意味は大きい。
トークステージでは、カメラやレンズの知識が乏しい人が「とりあえずカメラを渡されて自由に撮影したら、とんでもないアート作品として評価された」という各国の事例を紹介。自作カメラで成功した人の例もあった。
細かいスペックを云々する前に、撮りたいものを見つけ、レンズを向けることから始めてほしい。そんなメッセージが込められている。
劇作家・寺山修司の「書を捨てよ、町へ出よう」ではないが、行動と体験を促す一コマだった。
編集|写真は撮る半分、選ぶ半分
| 講演タイトル | 写真集作りについて(主催者企画) |
| 講演日時 | 2月28日(土)15:40-16:20 |
| 登壇者 | ホンマタカシ(写真家) |
ホンマタカシさんの言葉は核心を突く。
「写真って、撮るの半分、選んで並べる編集が半分」
SNSでも写真展でも、複数枚が並ぶと物語が生まれる。重要なのはコンセプトだ。
質疑応答で「並べ方のコツ」を問われ、ホンマさんは「ない」と答えた。経験の総体が滲み出るだけだという。いかに日常で良質な刺激を受け、経験を重ねているか。淡々と語られる言葉の一つ一つに、写真が日々の暮らしと直結していることを示唆しているようだ。
近年、ビジネスの世界でもノウハウの言語化・均質化・標準化が強調されている。しかし、言葉やイメージで構成される表現は、それが極めて難しい。ここに編集という営みの核心がある。
生き方|仕事と制作のあいだ
| 講演タイトル | 仕事と制作、人を撮ること(主催者企画) |
| 講演日時 | 2月27日(金)13:20-14:00 |
| 登壇者 | 細倉 真弓(写真家)、川島 小鳥(写真家) |
細倉真弓さんと川島小鳥さんの対談は、写真家のリアルを映し出す。依頼撮影と自己表現。市場の期待と、自分の衝動。そのあいだで揺れながら活動する。
特に印象的だったのは、川島さんがスランプ期に取った選択だ。カメラから距離を置くのではなく、向き合い方を変えたという話は示唆的だった。
写真は職業であり、同時に生き方でもある。そんなことを再確認できるトークだった。

細倉真弓さん(写真左)と川島小鳥さん。二人の対談は悩める写真家にとってヒントが満載だった(2026年2月27日撮影)
視点|東京をどう見るか
| 講演タイトル | 東京写真 ー三者三様のパースペクティブー(ふげん社) |
| 講演日時 | 3月1日(日)11:40-12:20 |
| 登壇者 | 大西 みつぐ(写真家)、佐藤 信太郎(写真家)、吉永 陽一(写真作家)、関根 史(ふげん社ディレクター) |
東京をテーマにした写真集をふげん社から刊行している、3人の写真家によるクロストークだ。
大西みつぐさんは、路上や生活者目線のスナップで知られる。佐藤信太郎さんは「非常階段東京」シリーズで都市の構造を抽出してきた。そして吉永陽一さんは、上空から都市を俯瞰する鉄道写真で独自の地平を切り拓いている。
一見、接点がなさそうな3人だが、共通項は「東京を見る」という一点にある。ただし、その高さが違う。
地上、建築の狭間、そして空。
高低差の異なる視線が交差すると、東京は平面ではなく立体として立ち上がる。私たちは三次元の都市に生きているのだという、当たり前でいて忘れがちな事実を思い出させる。
作風もアプローチも異なる3人が並ぶことで、都市は一つのイメージではなく、複数のレイヤーとして提示される。視点の差異こそが都市像を豊かにする。
惜しむらくは時間の短さだ。40分では足りない。写真集を手元に置きながら視聴すれば、より深く理解できるだろう。

大西みつぐさん(写真左から2人目)は「東京写真」の論客。明らかに時間が足りなかっただろう(2026年3月1日撮影)
本質|見るとは何か
| 講演タイトル | 私の写真史 ー〈見る〉ことの軌跡(主催者企画) |
| 講演日時 | 2月27日(金)11:00-11:40 |
| 登壇者 | 村越 としや(写真家)濵本 奏(写真家) |
村越としやさんと濵本奏さんのクロストークは、「見る」という行為を掘り下げた。見えているものを撮る。しかし同時に、見えていないものを見ようとする。写真は記録であり、思考であり、自己との対話でもある。
| 講演タイトル | 杉本博司と都築響一のよもやま話(主催者企画) |
| 講演日時 | 2月27日(金)19:00-20:00 |
| 登壇者 | 杉本 博司(現代美術作家)都築 響一(編集者/写真家) |
さらに、杉本博司さんと都築響一さんの“よもやま話”は、異なる作風が交差する場を作った。写真は閉じた体系ではない。異質な視点が混ざることで更新される。

杉本博司さん(写真左)と都築響一さん。誰がこのカップリングを予想できたであろうか。個人的にはCP+2026の「最大の事件」だった(2026年2月27日撮影)
CP+2026は「転換点」になるのか
CP+は新製品の祭典である。だが、今年はそれ以上のものを感じた。大袈裟な言い方をすれば、機材中心主義から意味中心主義へ。AIという外圧、肖像権という社会的課題、民主化する撮影環境。写真産業は明らかに転換点にある。
思想系トークが増えたのは偶然ではないだろう。カメラの性能だけでは、もはや写真を語れないからだ。AIが進化しても、機材が高度化しても、最後に問われるのはこれだ。
なぜ撮るのか。
CP+2026のアーカイブ動画は、その問いへのヒントに満ちている。
アーカイブ動画はCP+2026公式サイトの「コンテンツ一覧・検索」でも探せるので、興味を持った人はぜひ見てほしい。
■文・撮影/佐々木広人
