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旅の思い出 #01 コラム

約3分

旅の思い出。

家族、友人、大切な人、そして独り。「旅のお供」は人それぞれだけど、そこには普段とは違う日常が待っている。だからこそ旅は楽しい。見たことのない空気や景色、また、何度も訪れるけど飽きがこない場所。旅には時間と思い出を捻じ曲げる力がある。新型コロナウイルスの影響で行楽地は大ダメージを受けている。よく訪れていたお店はすでにシャッターが降りていた……。旅先での情景をことごとく違うものに変えてしまった新型コロナウイルス。とてもやりきれない思いになった。

そう思うと同時に、思い出を記録することの大切さに気づく。いつまでも続くであろうと実感していたことが、こうも簡単に崩れ去るのか……。もうあの時の景色は戻らない。あの店で酒を飲むこともない。そう考えると虚しさのみが心を支配する。

久々に行った温泉旅行。急に息苦しく感じ、クルマのキーを握りしめた。たどり着いたその街は変わらない匂いと変わってしまった街の景色を顕にした。活気はなく、人も下を向いている。近くの旅館の女将さんも「もう、うちもいつまで続けられるかわからない」「それでも最後までおもてなしをしたい」と気丈に振る舞うが、その目はとても疲れ寂しそうだった。しかし、用意してくれた部屋は「いつもどおり」の空気が流れ、僕の心を癒やしてくれる。その部屋の空気感を残したくて、カメラを取り出した。外は土砂降り。目を背けたい現実を覆い隠すようだ。ただ、僕の記憶はこの部屋にある。そう感じた。

今撮らないと後悔する。そう思った瞬間、取り憑かれたように撮り始めた。旅館でよく見る光景をそのまま写し出したい。何も特別なものを撮るためにだけカメラは存在するわけではない。残しておきたい、立ち戻りたいその瞬間を切り抜く。そして、いつの日か振り返りたいと思う時まで大事に取っておきたい。

「自分」のために撮る写真にうまいも下手もないのだ。だって自分のために撮っているだから。もし誰かのために撮るなら、その人が喜んでくれる写真が撮りたい。僕らは商業写真を撮っているわけではない。日々の記録だ。だったらもっと自由でいいじゃないか。他者の評価よりも自分自身が納得いく写真が撮れること。そして、撮りたいものが残せることのほうが100倍大事なのではないか。旅に行くたびに感じるその大切さ。一人で行けば自分のため、誰かと行けば誰かのため、そういうシンプルな思いが今のカメラや写真に必要なのではと感じた。100年に一度起きるか起きないかの事態に直面している僕ができること。

それはこの世に残していきたい自分の思いを自分のために残すことだ。

旅の思い出はそのひとつだ。


写真・文/大貝篤史

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