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写真の「チカラ」 #31 鈴木知子

約 3 分

写真を始めるきっかけは音楽ライブ通い

学生時代は音楽が好きで、よくコンパクトカメラを片手にライブを観に行っていた。当初はそこで自分の大好きな音楽シーンを思い出として撮影する程度だった。その後、マスコミへの就職が夢で、放送・映画系の学科へ進学。その学科で映像と写真の両方を学んだが、興味が湧いたのは「写真」だった。その時点で自分が生涯かけて興味が持てるスキルを見つけることになる。

仕事で写真を撮るということ

広告撮影プロダクションを経て、就職したのはアパレル関連の会社だった。その会社ではアパレル撮影用のスタジオを自社で持っており、そこの運営および管理を一人で任された。仕事としての撮影は、ときに窮屈に感じることがあった。だからこそ写真家として「生き返りの時間」が欲しくなり、毎日スナップ撮影をしてから出社する日々がスタート。歳を重ねるごとに好きになった地元・横浜の街並みを写真で記録していった。横浜の街並みが好きな理由の一つには、父の影響が大きい。父が横浜の地域まちづくりに関わっていたことがあり、どこか横浜の街を見ていると父を思い出すからだ。その後会社を退社し、フリーランスとして写真と向き合う日々になる。
だれかから依頼を受けて撮影する広告系写真を多く撮っていた私にとって、自由に自分の好きな世界観で撮影できる作品撮りは欠かせないものだ。日記的に自分自身の記録を撮るために、「モノ」として捉えるのではなく「コト」として捉え、毎日カメラを持ってその時の心情を表現する。自分自身を具現化しているのが「作品」なのだ。
そんな作風も新型コロナウイルスの影響で自粛を行っていた時に大きく変化した。整列されていない乱れたものがあまり好きではなかったが、スナップ撮影で規則性のない乱れたものを撮るようになった。それも日常の一部であり、自然なものなのだと受け入れられたのだ。広告写真は「作られた世界」。だからこそ整然としているものだ。しかし、世の中に自然にあるものは、必ずしも整然としているわけではない。そういうことを表現したくなったのは、自粛期間があったからだろう。そう、自分の写真は常に進化し変わっていく。だからこれからも続けていきたい。

鈴木知子 Tomoko Suzuki

神奈川県横浜市出身。東京工芸大学短期大学部卒業後、広告撮影プロダクションに入社。写真家、柳瀬桐人氏(他)のアシスタント経験後、コマーシャルフォトを中心に活動。現在フリーランスとして地元横浜に事務所を構え、カメラ片手に日々奮闘中。近年は雑誌への作品提供やフォトコンテストの審査、セミナー講師、写真ハウツー書籍の執筆も行なっている。1日1枚の写真で綴るライフワークの横浜を中心としたスナップ写真を、ブログにて毎日更新中。http://suzucamera.exblog.jp