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写真の今がわかるWeb情報マガジン

写真の「チカラ」 #12 秦達夫

約3分

実家を継ぐつもりが……写真家になった

写真を撮るようになったのは、成人になってからだ。実家がカメラ屋だったこともあり、幼少時代から身近にあったカメラ。しかし、それほど興味もなく過ごしていた。そして月日は流れ、大人になった時に、家業を継ごうかと思った。さすがにカメラのことがわからないのはまずいだろうということで、渋谷にある写真専門学校に通ったのだ。そこで学んだことがとても面白く、はまってしまったのだ。家業を継ごうと思って通った写真専門学校だが、写真家になりたいと思うきっかけになり、そのまま「竹内写真事務所」に就職。アシスタントとして写真の勉強を本格的に行った。そして今に至る。風景写真のイメージが強い私だが、興味があるものは風景にかかわらず、撮り続けている。

僕の写真を見てその場所に行ってみたいと思ってほしい

写真の原点になる思いは、自分が見てきたことを多くの人に伝えたいという気持ちで撮影している。自分がその場にいた空気感や臨場感を写し込ませたいと思っている。そこに行きたいけど行けない人やまだ行ったことがなく行ってみたい人に写真を撮った場所の凄さを正確に伝えられれば嬉しい。写真は僕にとって「その手段」なのだ。それが絵でも歌でもよかったが、私には写真がむいているのだろう。
写真を見て、「行ってみたい」と思っているが、自然相手のことだから、同じものが見れないことが多い。自然とは刻々と状況が変わり、それだから面白い。季節や天候によって変わっていく光景を楽しんでほしい。私の写真に写っているところは、ガイドなどを付ければ行くことができる場所ばかりだ。写真を見るのと体感で知るのとはまったく違う。写真の場所に行きたいと思ったら、安全に気を付けてぜひ足を運んでほしい。

これからの写真活動としては、2年後には是非黒部の写真集を世に出したいし、今撮りためている奇形樹シリーズも完成させたい。また、長野県の職人を撮り続けているシリーズも充実させたい……。まだまだ写真で表現したい世界がある。



秦 達夫  はた・たつお

1970年長野県出身。自動車販売会社・バイクショップに勤務。後に家業を継ぐ為に写真の勉強を始め写真に自分の可能性を感じ写真家を志す。写真家竹内敏信氏の助手を経て独立。故郷の湯立神楽「霜月祭」を取材した『あらびるでな』で第八回藤本四八写真賞受賞。同タイトルの写真集を信濃毎日新聞社から出版。他に写真集の著書あり『山岳島_ 屋久島』『RainyDays 屋久島』『New Zealand』。小説家・新田次郎氏『孤高の人』の加藤文太郎に共感し『アラスカ物語』のフランク安田を尊敬している。 日本写真家協会会員、日本写真協会会員、Foxfire フィールドスタッフ。